無影燈2017年

2019年2018年2017年

2017年12月号掲載

今年もざわざわした、騒がしい1年だった。春の森友、加計学園疑惑に始まり、解散総選挙をはさんで北朝鮮問題まで。政治家の問題発言はくり返され、内外ともにとげとげしい言葉が飛び交う。社会から寛容性が失われたのも、人間に幅を与える文化力の欠如に原因があるのではないか。
紅葉の京都を訪れた。大自然の紅葉のすばらしさは言うまでもないが、歴史的景観に溶け込んだ紅葉で得られる感動もまた捨てがたい。嵐山の人出はまるで渋谷なみ。特に韓国人と中国人など外国人の姿がやけに目に付く。
京都の持つ文化芸術の香りは、京都人が永年にわたって育んできたものだ。江戸時代の270年間は戦争がなかった。戦後70年間どころの話ではない。泰平の時代があればこそ文化芸術は発展する。江戸時代の文化は国際的な評価も高い。
地域の特性を生かした文化の発展は、社会の豊かさにもつながる。今はもっぱら創造力が求められるが、社会に潤いを与えるのは文化的素養が生み出す想像力なのだ。文化の持つしなやかさと柔軟性、包摂性は猛々しさの本質である脆さと儚さとは対極にある。この国を動かす人々の人間力の低下はどうしたことか。この国に必要なのは文芸復興。すなわちルネッサンスで文化立国をめざし、敵対から協調の道へとふみ出すときだ。

(人)

2017年11月号掲載

早いもので韓国のオンライン請求視察から10年が過ぎた。当時、日本では電子請求している医療機関は医科でも10数%に過ぎず、歯科は全てが紙レセプトでの請求だった。韓国では既にオンライン請求が標準で、コンピュータ審査が行われていた。
韓国の医療保険制度は日本を手本に作られた。人口は日本の約半分であるが、医療費は日本の約10分の1に抑えられている。かといって医療レベルは日本と比べても遜色がない。
グリーン病院は、ソウル特別市東部にある400床の総合病院である。2階に併設された歯科部門を訪れると、広々とした明るい受付の奥に、10台のユニットが並んでいた。3名の歯科医師で運営され、技工室では4名の技工士が勤務中であった。
韓国ではオンライン請求のことをEDIと呼ぶ。グリーン病院の医務課長は「EDIにより医療が統制される」と強調した。医師裁量権が審査基準によって制限されるのはEDIの悪い面で、EDIが、「医療の標準化」に使われる可能性は99.9%と予言した。
韓国視察から10年。日本でも、医科に続いて歯科のレセプトも96%が電子請求されるようになった。そして、今年7月、厚生労働省は支払基金との連名で支払基金業務効率化・高度化計画を発表した。
医務課長の予言を現実のものとしてはならない。

(孝)

2017年10月号掲載

「北朝鮮問題で必要なのは対話よりも圧力」と国連で自ら演説し自国の安全保障の緊張を強調しながら、その緊張さえ選挙に有利と判断したのだろう。安倍首相は衆議院を解散し総選挙となった。
小池東京都知事の「新党に民進党全員を迎える気はない」という意志が明確になったおかげで、民進党議員は自分の憲法改正に対する態度を明確にする必要に迫られた。小池新党は反自民を掲げてはいるけれども決して非自民ではない。改憲支持だったり安保法反対でない議員の行きつく先が小池新党になることは自然なことだ。
民進党が色分けされてみると解散前でも議場で改憲派が多数を占めていたことが分かる。自民党が勝っても負けても議場の風景は変わらないだろう。世論調査をみると、国民の意見は国会ほど改憲支持が多数を占めているわけではない。民進党左派の新党など護憲派とされる野党が一定の議席を確保し世論調査程度に棲み分けて欲しいものである。
終戦からこれまで日本人が一番安全保障を意識していたのは終戦時である。それでも平和憲法が支持されたのは、すべての国民が戦争体験者であり「もう戦争だけはうんざり」と誰もが考えたからだ。目先の情勢にとらわれず選挙では護憲か改憲か判断したい。

(木)

2017年9月号掲載

「この夏は世界各地が「殺人的」熱波に襲われ、気温が50℃度を突破し森林火災や熱中症で死者が相次いでいる。温室ガス効果によって気温があがり、記録的な猛暑と小雨、地域によっては豪雨に見舞われている。地球温暖化の驚異が目に見えて襲いかかっている。このままいけば2100年には世界人口の最大4分の3が熱波による死の脅威に晒されることになるという(長崎新聞8月26日号)。1月に地球温暖化防止条約に反対のトランプ大統領が誕生し、トランプ氏を「大統領に押し上げた男」と言われたバノン氏が8月18日、大統領補佐官を更迭された。アメリカの変化に目が離せない。
8月上旬は重苦しく、忘れられない日々が続く。今年の終戦記念日を挟んだ8月12日~15日の4日間、TV「NHKスペシャル」で「本土空襲、全記録」、「731部隊、エリート医者と人体実験」、「樺太地上戦、終戦後7日間の悲劇」、「戦慄の記録、インバール」が放映された。戦争の生々しい真実の映像が心に焼きついた。NHKの良識にエールを送りたい。
長崎協会は来年創立40周年を迎える。設立当初からその土台骨作りに苦労してこられた鮫島千秋先生が、8月末長崎の地を離れられた。先日先生御夫妻を囲んで、感銘深いお別れの会を開き、先生への深い畏敬と感謝の心をお伝えした。来年7月、協会40周年記念総会にての再会を祈念しつつ。

(正)

2017年8月号掲載

長崎県保険医協会第40回総会の記念講演は首都大学東京教授木村草太氏を講師に迎えた。参加者が300名を超えるほどの大盛況だった。立憲主義を蹂躙し、憲法を守らないものが改憲の旗振りを主導するという倒錯した現実の中で、憲法の神髄を聞いた。
国家権力の3大失敗は戦争、人権侵害、独裁であり、歴史を繰り返すまいとの深い反省から立憲主義が生まれた。その結実が憲法だ。憲法第九十九条には「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」とある。現実はどうか。加計学園疑惑の解明を求めて憲法の規定にのっとり野党が臨時国会の召集を求めた。しかし、政府は応じなかった。辺野古基地建設工事も法的に問題があると指摘される。
三権分立は独裁を防ぐ人類の知恵なのだが、現状はあやしい。宮澤喜一元総理は尊敬する首相として鈴木善幸元首相をあげた。権力の行使に慎重だったというのがその理由だ。安倍首相は「権力は行使するためにある」が持論という。
安倍内閣の支持率が急降下し、政権の存立さえおぼつかない状況になってきた。国民の安倍離れは予想以上のスピードで進んだ。声を上げることを権力者は最も恐れている。「共謀罪」法は成立したが、負った傷も深かった。

(人)

2017年7月号掲載

「2位じゃダメなんでしょうか」今となっては懐かしい、2009年の事業仕分けで次世代スーパーコンピュータ開発に対する蓮舫議員の発言である。
2年後、日本のスーパーコンピュータ「京(けい)」は演算速度で世界一に輝いた。それも束の間、翌年には米国製に抜かれ、2013年からは中国製が世界一の座を守っている。
スーパーコンピュータより遥かに高速なのが量子コンピュータである。夢物語ではなくGoogleやNASAは既に購入し、IBMは量子コンピュータによるクラウドサービスを開始している。
コンピュータの進化は止まる所を知らない。2016年、不可能と言われていた囲碁の対戦で、コンピュータが最強プロ棋士のイ・セドル九段を破った。AI(人工知能)と呼ばれる技術である。
塩崎厚生労働大臣は5月30日の「第9回未来投資会議」の中で「2020年度からの本格稼働を軸に、保険者機能の強化やゲノム医療・AI等の最先端技術の活用等の実現を目指す」と述べている。
世界で最初に電子頭脳を搭載したロボットは1952年から連載された「鉄腕アトム」だった。アトムの電子頭脳は、善悪を見分ける能力を持っていた。この点において、現在のAIより優れている。
AIが善い医療に貢献し、医療費抑制のために悪用されないように、注意深く見守る必要がある。

(孝)

2017年6月号掲載

協会の新聞と一緒に届いている共謀罪についてのチラシを見ると、右下に小さく古い新聞の切り抜きが載っている。旧字体で小さい字であるが見出しはなんとか読み取れる。「社会運動が同法案のため抑圧せられる事はない」「純真な運動を傷つけはせぬ」と書いてある。新聞は大正14年の治安維持法施行時のものであり、今の共謀罪についての政府説明と同じである。
実際の治安維持法は、特高警察をはじめ官庁組織を挙げて、国民の思想を日常的に取り締まることになった。罪は何でもいい。官憲の都合で理不尽に逮捕され、残虐な拷問を受け、主張を曲げて供述し冤罪を着せらた者もいれば、主張を貫いて獄死させられた者もいる。逮捕までされなくても、壁に耳あり障子に目ありで、国や軍に都合の悪いことは冗談でも言えない監視社会になった。いつ起きるかも分からないテロよりもこの法律のほうが国民の暮らしに暗い影を落とすことは間違いない。
さて、前文科省次官の話を聞いていると、天下り問題で文科省だけがやられたのは獣医学部新設で煮え切らない対応をする文科省への政府の揺さぶりだったことが分かる。不思議に天下りに関する情報がマスコミに溢れ、文科省悪しの世論が形成された。みんな騙されていたわけだ。

(木)

2017年5月号掲載

トランプ大統領が誕生して3カ月、アメリカを始め世界中が劇的な変化に揺れ動いている。その要因の1つは語られる「言葉の信憑性」であろう。就任式当日の観衆の数について報道官は「過去最大だった」と述べ、補佐官が「オルタナティブ・ファクト(もう一つの真実)を述べた」とカバーしたのが火に油を注いだ。報道の現場でも「フェイク・ニュース(虚偽のニュース)」という語句がブレイクした。
我が国でも森友事件の中継を見ていると、何が真実なのか、虚偽の証言が日常の如く国会の現場で飛び交っている。
アメリカの精神科医、M・スコット・ペックは「平気でうそをつく人たち」という本の中で、「世の中には自己正当化のために巧妙かつ淫靡なウソをつく邪悪な人間がいる」と述べ、そういう人たちの特徴は、
○どんな町にも住んでいる、ごく普通の人。
○自分には欠点がないと思い込んでいる。
○異常に意志が強い。
○罪悪感や自責の念に耐えることを絶対的に拒否する。
○他者をスケープゴートにして、責任を転嫁する。
○体面や世間体のためには人並み以上に努力する。
○他人に善人だと思われることを強く望む。
そして彼らの核にあるのは「過度の自己ナルシシズム」であるという。
自分自身にも、周りにも思い当たることがありはしないだろうか?

(正)

2017年4月号掲載

森友問題は幕引きされそうな雲行きだ。本来は公人でもあり私人でもある昭恵夫人の「私人」部分の私用の為に、公務員の秘書が職務をしたというなら、それこそが大問題だろう。
森友学園が設立予定だった「瑞穂の國記念小学校」は日本会議系の復古主義者たちにとって、理念的には理想の小学校だった。「妻から教育に対する熱意は素晴らしいと聞いている」と発言した安倍首相。教育勅語を信奉する稲田防衛大臣、私学設立の認可基準を緩和した松井大阪府知事等々の後押しがあったからこそ、様々な優遇措置が取られたことは自明だ。
第一次内閣で教育基本法を「改正」した安倍首相はじめ、戦後教育を敵視する右翼的国家主義者たちの支持を背景として誕生するはずだった「瑞穂の國記念小学校」。いわば「教育特区」として、教育の場に国家主義的教育の復活をはかる先兵の役割をはたすべき存在になるはずだった。彼らにとっても森友事件は、結果的にはしごを外された晴天の霹靂といえるのだろう。
国は18年度から幼稚園や保育所でも国旗、国歌に親しむよう求める方針だ。政府は教育勅語の教材としての使用を認めた。中学の武道に銃剣術が追加される。そして内心の自由を監視する「共謀罪」法案が審議入りする。底流では見えない糸がつながっている。

(人)

2017年3月号掲載

遺体と対面した遺族は言葉を失った。全身に打撲跡があり、右足は皮下出血で真っ黒に変色していた。2010年2月25日。亡くなったのは医師の塚本泰彦氏(当時54歳)である。
奈良山本病院事件の業務上過失致死容疑で逮捕され、勾留中に死亡した。死因は急性心筋梗塞とされたが、経過に不審を抱いた遺族が2013年、奈良県を民事提訴した。岩手医大法医学出羽厚二教授は、死因は急性心筋梗塞ではなく、打撲による横紋筋融解症から急性腎不全などの多臓器不全を発症し、死亡したとの意見書を提出した。塚本氏は死亡の前々日、取り調べ中に失禁し、前日に受診した病院では、まともに口もきけない状態だった。2000mlの点滴を受け、紙オムツを2日分支給されて警察署に返されている。
病院のカルテには「強度に反抗的、言うことを聞かず、やっとのことで、レビンチューブ(鼻腔栄養チューブ)挿入」と記載されていた。よほど抵抗したのであろう。翌朝、警察署内で急変し、搬送先の病院で死亡した。紙オムツは尿で重くぬれていたという。
2016年12月27日、奈良地裁は遺族側の請求を全て棄却する判決を下した。長崎協会では2月16日、奈良山本病院医師勾留中死亡事件の真相究明を求める「声明」を発表した。一日も早く真相が明らかにされることを望みたい。

(孝)

2017年2月号掲載

文科省の天下り問題が発覚した。口裏合わせの想定問答集が法律を知り尽くした官僚らしく、あきれて物も言えない。関係者は「悪いことをした」と反省するより「何で俺の時だけバレたんだ」としか思っていないかもしれない。腐敗は見えないところで進むものだ。
世界で最も長く継続している政治体制はアメリカの大統領制だ。仕組みの一つに情報公開制度がある。一旦は機密とされた文書や記録が一定の時を経て公開される。権力は必ず腐敗するというが、どれくらい腐っていたかが後から検証されるとすれば、そうそう好き勝手はできない。
日本の外務省が日米交渉に関係する資料を公開しないように米側に依頼したという事実もまた米側で公開されている資料から見つかった。外務省は事実を国民に知らせる気がさらさら無いということだ。旧日本軍や原発事故の例を引くまでもなく、責任を明確にする、事実を検証する、など民主国家に不可欠な要素がこの国には欠落しているとしか思えない。
中国の官僚達は想像を超えて腐敗したと言った作家がいたが、日本の官僚もまた中国の官僚に負けず劣らず腐敗の構造を長引かせる術に長けている。テロ対策に共謀罪を問う法律を作ると言うが、共謀して悪いことを考えている人達は巷ではなく権力の側にこそいる。

(木)

2017年1月号掲載

新しい年が明けたが世界を覆う暗い不安の状況は少しも変わらない。アメリカでは1月20日にトランプ大統領が誕生する。選挙戦では、”トランプ劇場”とまで言われ、予想のできない乱暴な言動のトランプ氏である。支持を集めたのは既成の支配階層(エスタブリッシュメント)の政治に反抗する白人労働者階級、低学歴の層であった。ベースにあるのはグローバル化によって広がった富の格差社会である。トランプ政権は自国の利益を優先する保護主義、反グローバル化に向かう可能性が高い。
今、足下の日本でも格差社会が問題になっている。経済界は安い労働力を求めてアジア諸国に生産拠点を移しているが、国内の労働者は職を失い、低賃金労働者が増えている。まさにアメリカの現状を追随しているのではないか。
アメリカの流れは早くも欧州へ飛んでいる。イタリアでは12月5日、既得権層に対する怒りがレンツイ首相の辞意をもたらした。こうした反既成政治の動きは、今後オランダ、ドイツの総選挙へとドミノ倒しのように波及する可能性がある。
12月26日、安倍総理はハワイ真珠湾を訪問し、オバマ大統領と共に犠牲者の慰霊をおこなった。第1次安倍内閣からの理念である「戦後レジームからの脱却」によって日米同盟に新たな展開を模索することになる。今後、アメリカ至上主義に流されず、自分の国をどうしていくのか、根本的に考えねばならない時がやってきた。これには右も左もないのではないか。日本丸の行く末である。

(正)