無影燈

2021年5月号掲載

コロナ禍の巣ごもり需要を反映して白物家電の国内出荷額が24年ぶりの高水準だという。
昭和30年代。家電の三種の神器といえば、白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫だった。大卒公務員の初任給が1万3千円の時代に白黒テレビは8万円もした。まさに庶民の夢だったのである。
子供の頃、近くでテレビがあるのは我が家だけだった。金曜日の夜になるとプロレス中継を見るため近所の人達が続々と集まり、力道山の空手チョップに歓声があがった。
三種の神器はまたたく間に日本中に普及し、テレビも白黒からカラーに変わった。カラー放送された東京オリンピックに日本中が沸いた。昭和40年代。高度成長期の三種の神器はカラーテレビ・クーラー・自動車となった。経済成長率は10%を超え、国民総所得(GNI)は西ドイツを抜いて資本主義国としては米国についで第2位となった。世にいう、いざなぎ景気である。
民間の調査によれば、平成の三種の神器は薄型テレビ・ロボット掃除機・携帯電話という。性能は格段に向上したものの、いかにもつつましい。まさかロボット掃除機に夢を託す訳にもいくまい。
そして令和。スマホ・AI・5G。技術の進歩は目まぐるしい。一息ついたらどうか。少しくらい便利でなくても幸せを実感できた昔が懐かしい。

(孝)

2021年4月号掲載

最近はいろいろYou Tubeで学び直している。昨年プロ野球はコロナ禍で試合数が減るなど不自由な運営が強いられたが、ネット動画においては、プロ野球のOBやファンによる関連動画が星の数ほど出現した。プレーを面白く特集している物も多いが、関係者の話によって、本音や事実が明らかになるのは興味深い。
元選手で事情通のユーチューバー達が、落合博満氏の身近にいた選手やコーチ経験者に「落合さんってどうだったの?」と話を向ける動画は、1つのジャンルと言えるぐらい多い。
落合氏が監督を引き受けるにあたってコーチ陣に約束させたことが「選手を殴ったらクビにする」という一点だった。監督時代の選手への対応は理路整然としていたし、当然、気遣いも感じられる。中日の選手達は「監督?普通ですけど」と言っていたから、中にいれば特段付き合いにくい監督では無かった。それを「オレ流」と呼んで理解しづらい扱いなのは、野球を取り巻く世間がおよそ論理的とは言えない思考で成り立っているからに他ならない。
オリンピック前のこの数年で、競技スポーツの不祥事がいくつも明らかになった。ボス猿によるハラスメントが容認され泣いた選手も多いだろう。情報開示と世代交代が救いとなる。

(木)

2021年3月号掲載

もはや東京オリンピックは中止すべきだ。この一年迷走を重ね、政治と社会をゆがめた罪は大きい。コロナの収束が見通せず、世論も開催に否定的ななか東北地震が発生した。「復興五輪」のまやかしが露呈し、10年前にタイムスリップしてしまった。いまだ収束しない大震災の傷痕に再び恐怖を呼び覚ました。
そして森組織委元会長の女性蔑視発言騒動である。「#わきまえない女です」の大合唱は、3密と根回しに浸りきった旧体制に激震を与えた。
フィンランド35歳。ニュージーランド40歳。女性首相がコロナ対策で存在感を発揮している。世界の変化はめざましい。一方日本では殊に女性にコロナのひずみが集中し、自殺も急増している。オリンピックどころじゃない状況だ。「武漢日記」の作者方方は「国の文明度を測る唯一の基準は、弱者に対してどういう態度を取るかだ」という。
橋本新会長は女性理事を増やした。だが、わきまえすぎる男たちに囲まれる中、頭数を揃えるだけで体質が変わるとは思えない。世界の思潮とほど遠く、透明性を欠いた、内向きの論理が支配する組織に任せて大丈夫か。経済優先のオリンピック利権とは決別し、国民目線に立った決断が必要だ。首相や周囲からの圧力に屈せず、感染状況の科学的判断を尊重し、社会的要請にも応えて開催の是非に踏み込むべき時だ。

(人)

2021年2月号掲載

1月27日、米国の「原子力科学者会報」は人類滅亡までの時間を示す「終末時計」の残り時間が、前年と同じ過去最短の100秒だと発表した。
核兵器禁止条約の批准国が50カ国を超え、条約発効の歴史的な日となった1月22日の5日後の出来事である。
終末時計は1947年、原爆を開発したマンハッタン計画に参加した科学者らにより、会報の表紙に掲載されたのが始まりである。終末時計は7分前を指していた。日本への原爆投下から2年後、米国が世界で唯一の核保有国であった時代に、既に人類滅亡の警鐘が鳴らされていたのである。
2年後の1949年、ソビエト連邦が初の核実験に成功。時計は4分進められ残り3分となった。以来米ソは苛烈な核開発競争を繰り広げ、冷戦状態に突入する。1953年には両国が水爆実験に成功、時計は更に進んで残り2分となった。
この流れを食い止めたのが住民の力だった。1954年に第五福竜丸がビキニ環礁の水爆実験で死の灰を浴びると日本中に核兵器廃絶運動がおこり、集まった署名は3千万筆を超えた。当時としては驚異的な数である。
1991年、ソビエト連邦の崩壊で冷戦が終結し、時計の針は17分前まで戻った。しかし、その後は時計の針は進み続け、残り時間は100秒まで縮まり今に至る。
これ以上針を進めさせてはならない。

(孝)

2021年1月号掲載

アメリカ大統領選挙は選挙違反の可能性で州が州を訴えるなど前代未聞の混乱状態で、トランプ大統領はいまだ敗北を認めていない。民主主義を誇り、民主世界の代表を誇示していたアメリカは選挙の集計を外国の企業に依頼するなど今や大きく損なわれている。
一方我が国でも安倍前首相の桜を見る会疑惑や、広島の参議院選挙等、民主主義を大きく損なっていると思われる。報道された内容を見る限り明らかに選挙違反である。前首相として田中角栄元首相に次いで検察に事情聴取を受けることになりそうである。
首相経験者が聴取を受けるには現総理の了承が必要と言われている。田中元首相の場合当時の三木首相がクリーンのイメージを保つ手段として、またアメリカのトラの尾を踏んだともいわれ、起訴された。東京地検特捜部はその成立からアメリカの影響を受けていると言われている。インターネット上の陰謀論者に言わせると米国の意向、対検察の遺恨等らしい。
桜を見る会は前首相側が費用を一部負担していることは明らかである。保険医協会の総会懇親会でも一人5千円では足りない。一部でささやかれる内閣機密費から補填したとすれば税金を使った買収である。我々一般人は陰謀論など関係ないが、十分な審議をして頂きたい。

(一)

2020年12月号掲載

桜の会において有権者への利益供与が実際に行われていたことが今さら報道されている。国会で安倍前首相が「参加費を補助した事実はない」と堂々と述べていたが、やっぱり嘘だった。もし前政権の思惑通りに黒川氏が検事総長となっていたら、この事実は表に出なかったのだから恐い話である。森友・加計学園問題など疑惑は多く残ったままだ。捜査が尻すぼみに終わらないことを願う。
黒川氏の件は頓挫してしまったが、前政権の嘘が暴露しないように実現させた装置が現政権である。田中真紀子氏は「菅政権は安倍政権のごみ箱の蓋」と言い放った。前政権は、テレビやネットでの要人の発言を官僚を使ってきめ細かく監視し、日本人らしい忖度によって政権と考えを異にする政治家や官僚に冷や飯を食わせ、気に入らない報道人を飛ばしてきた。
菅政権でそれを見習ったのが学術会議問題であり、「政権に盾突く発言をしていたから」とその理由を認めるしかないと思われるが、出演した番組で質問がしつこいとケチを付けたり、問題を先延ばしにしているうちにコロナの次の波が押し寄せてきて、うやむやになりそうなのも前政権に倣っている。
強気で押してきたトランプ大統領も、さすがに今回の選挙では米国民の半分以上の支持を得られなかった。日本も選挙がある国なのだから、嘘をついた政治家には選挙の洗礼があってしかるべきだ。政治家の嘘を司直の手に委ねてばかりでは、結局、官僚の思うつぼである。

(木)

2020年11月号掲載

「初演説懸案素通り」と西日本新聞は報じた。日本学術会議会員任命拒否の理由は語らず、核兵器禁止条約や福島第一原発処理水の処分方針などにも言及しなかった菅首相。
新型コロナワクチン開発は遅れ、米英企業からの提供に頼る。やっとというべきか世界最高水準の感染症研究の中心となるBSL4施設の建設が長崎大学で進む。NBCの報道特集に出演した長崎大学熱帯医学研究所安田二朗教授は、日本学術会議の政府への提言が早期着工に結実したと述べた。
同様の提言はこの3年間だけで80件を超す。任命拒否問題では一貫して説明責任を果たさない一方で論点すり替えに終始し、行革の対象として組織の改編や予算の削減へとつき進む。
庶民派宰相のイメージが崩れ地金がむき出しに。ふりかえると森友・加計・桜疑惑に関する官房長官会見では「ご指摘は当たりません」「我が国は法治国家ですから」等の上から目線答弁を繰り返し、東京新聞の望月記者や内閣記者クラブ、東京新聞社に対し圧力をかけた。沖縄県の故翁長知事との会談では「戦後生まれなので歴史を持ち出されても困る」と言い放った。コンプレックスの裏返しか知性や学問に対する敬意を欠き、ことばを通じて意を尽くす姿勢のない人物なのだろう。政治家にとって言葉は思想だ。異論を許さない先にはさらなる分断の亀裂がまつ。

(人)

2020年10月号掲載

皆さんの元に支払基金からカードリーダーの無償提供の連絡が来ていると思われる。保険証を読み込むことによって来年3月からオンラインで資格確認ができるとの事だ。しかしこれは顔写真付きのマイナンバーカードを保険証として使用する前準備である。銀行口座と紐付ければアメリカのSocial Security Numberと同じ国民総背番号制の完成だ。
マイナンバーカードを利用する事によって、来年10月から2カ月前までのレセプト情報を各医療機関で閲覧可能となる。薬剤の重複処方を防ぐことができる等利点もあるが、将来病名をはじめ注射や検査内容も閲覧可能となれば、やりすぎではないだろうか。
ここまでやると守秘義務を侵害すると思われる。知られたくない病名や投薬内容も明らかになる。狭い地域では病名を知られたくない時は離れた都会の病院へ自費受診する患者さんは今でもいると聞く。
治療のために医師は患者さんの情報を漏れなく知る必要はあるだろうが、患者さん側からすれば初診時まだよく知らない医師からなんでも筒抜けになっているのはかえって怖く感じる方もいると思う。それなりの受診歴があって詳しく語られる患者さんが多いのも事実である。医療が決して患者管理にならないよう心掛けるべきと思う。

(一)

2020年9月号掲載

今から75年前の1945年9月、米軍ファーレル准将は「広島・長崎では、死ぬべきものは死んでしまい、原爆放射能のために苦しんでいる者は皆無だ」と記者発表した。以来、米国は残留放射線の人体影響を否定し続け、日本政府はこれに追随した。
2020年7月29日、広島地方裁判所の高島裁判長は、広島「黒い雨」訴訟で原告全員勝訴の歴史的な判決を下した。
判決は原告らの供述を重視し、内部被曝を認め、「原爆の放射線により健康被害を生ずる可能性がある事情の下にあった」として被爆者援護法1条3号に該当すると認めた点で画期的といえる。
住民の供述を一切採用せず、内部被曝を認めず、外部被曝線量が100mSvに満たないとして原告の訴えを切り捨てた長崎の被爆体験者訴訟の判決と対照的である。
しかし、8月12日、広島県、広島市は国の要請に従い、無情にも広島高裁に控訴した。今後は内部被曝の人体影響の可能性が裁判の大きな争点となる。
長崎でも諦めきれない被爆体験者による新たな訴訟が長崎地裁で争われている。今回は広島の「黒い雨」訴訟を勝訴に導いた大瀧慈(めぐ)広島大学名誉教授という力強い助っ人が加わった。原告のみならず、広島、長崎の被爆未指定地域住民の怒り、無念をはらすべく、国の分からず屋に倍返ししたい。

(孝)

2020年8月号掲載

コロナ騒動は無駄な経費について考える良い機会かもしれない。
最近、人材紹介会社から毎日のようにFAXが届く。そういうところを利用している就活者は、就職が決まると支度金とばかりに人材会社から一定の報酬が出るので、ハローワークを利用することが馬鹿らしくなるだろうし、また何かあれば仕事を辞めて同じ伝手で就職口を探すことに躊躇しないかもしれない。就職希望者に支払われる報酬の原資は医療機関が人材会社に払う紹介料だから、ハローワークを通して雇用できれば生じなかった無駄な経費がかかることになる。
医療機関が人材紹介会社からのFAXを毅然として無視できれば良いのだが、そうはいかない状況を作っているのは国である。人員要件を付している施設基準がやたらに多く、施設基準を維持するために、どうしても一定の資格取得者を雇用し続けなければならない。国は「要件を満たさなくなったら取り下げるように」と簡単に言うが現場は大変なのである。
紅白歌合戦の平成元年と令和元年のラインナップを比較すると、健全な時代の流れを感じるのだけど、日本のビジネスのラインナップは相も変わらずおじさん企業が並んでいて構造の変化に乏しい。新しいビジネスと言えば、コンサルや人材派遣業のような本来は必要のない無駄に取り入ったものが散見されるだけだ。レセコンが医療機関にとって不可欠なものになったのと別の意味で、人材紹介会社も医療機関に巣食うパラサイトになるかもしれない。

(木)

2020年7月号掲載

新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため「新しい生活様式」が提唱された。3密や社会的距離などの新たな行動制限が生活を変え、ヒトとヒトの関係性に大きな変化が生じた。
江戸から明治にかけてはあらゆる面で社会システムの転換が行われた。戦前の軍国主義から戦後民主主義への移行では、価値観の大転換が起こった。そしていまコロナ禍による「新しい生活様式」である。
リモートワークにオンラインでの授業、診療、会議、演劇、音楽、飲み会、見合い等が緊急避難的に導入された。中には今後社会に定着していくものもあるだろう。だが社会生活全般に波及するとは考えにくい。
グローバリズムと強欲資本主義、新自由主義が新型ウイルスを蔓延させた。未開の地までも収奪の場にして開発した結果、世界は狭くなり感染は拡大した。コロナ禍で富める者はより富み、持たざる者はより貧困化し感染の標的となった。都市部への一極集中の弊害もあらわになった。拡大から縮小へ、集中から分散へ、集権から分権へが新たな社会のキーワードになるだろう。
コロナ後の社会に求められるものとは何だろう。感染者を排除する、自粛警察が活躍する、医療関係者を攻撃するような社会ではないはずだ。生活様式の変化にとどまらず、どのような社会を目指すのかがいま問われている。

(人)

2020年6月号掲載

ペスト、コレラ、スペイン風邪と100年毎のパンデミックが不幸にもまた発生し、世界中に広まった。院内感染の恐れと外出制限のため受診抑制が起こり、医療界も不況となってきた。
新型コロナに対して世界での対応は各国まちまちで、完全ロックダウンを行った中国と、ロックダウンを敷かなかったスウェーデンが両極で、日本は政府対応のまずさで、その中間に位置すると思われる。まだワクチンの無いウイルスに対して早急な60%以上の抗体保有を目指すスウェーデンと徹底隔離法の中国とどちらが正しいのかはわからないが、賢者は歴史から学ぶと言ったビスマルクに従えば、100年前のスペイン風邪に学ぶべきであろう。3年間にわたり流行し、第1次世界大戦中という状況の悪さもあって世界人口の30%が感染、最大20%の致死率と推定されている。一方日本は3年間での致死率は当時でも1.63%であった。そして今回スウェーデンの死亡率は5月現在0.12%である。長崎に関係のある2隻のクルーズ船の感染状況は図らずも現代の感染モデルだろう。感染率はそれぞれ19.2%、23.9%、死亡率は感染者の1.8%、0%であった。このまま不況が長引けば病死でなく自殺者が急増することが考えられる。政府の適正な政策が望まれる。

(一)

2020年5月号掲載

明治27年6月、日清戦争開戦前夜。6人の日本人医師団が香港の死体置き場にいた。目的は伝染病で死亡した患者の病理解剖。猛暑の中、窓を締め切り、汲み置きの水で解剖は極秘裏に開始された。死体は既に腐敗が進行していた。
顕微鏡を覗く青年医師の名前は北里柴三郎。彼には事前に作戦があったという。病歴と病理所見が最も近似する既知の感染症を手掛かりにする。北里は死体の脾臓やリンパ節の腫脹が炭疽菌に似ていることに気づいた。炭疽菌に似た感染症なら血液中に病原体が存在するかもしれない。
北里の予測は的中した。伝染病患者の血液中から未知の病原体が検出されたのである。これこそ有史以来人類を恐怖のどん底に陥れてきたペスト菌の発見であった。
14世紀のペストの大流行では全世界の人口の22%にあたる1億人がペストのために死亡したと推計されている。
北里の功績はペスト菌の発見に止まらない。ペスト菌患者の家からネズミの死骸が大量に見つかったことから、死にかけたネズミの血液を調べ、ペスト菌を確認したのである。かくしてペストがネズミから蚤を介してヒトに感染する人獣伝染病であることが判明した。
時は流れ、2020年。新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっている。人類が再び勝利する日が来ることを確信したい。

(孝)

2020年4月号掲載

志村けん氏死亡のニュースは衝撃的だった。コロナウイルスの猛威にいつか終焉が来るとして、今がどの段階なのかさえ判然としない。物事が上手く運ばない時は、できるだけじっとして状況が変わるのを待つものだけど、まさにその言葉通り、動かずじっとしていることに理があるようだ。
欧米ではあっという間に感染が広がり、医療機器あるいは医療スタッフなど医療インフラが崩壊しかけている現場の様子が伝わってくる。日本は皆保険で医療機関にかかりやすい分、今回のような緊急時には最初のアクセスを絞ることに重きを置かれているが、中等度以上の患者への対応が遅れがちになっている。村中璃子氏はコロナを専門に対応する医療センターの設置が医療資源を効率的に運用するために効果的であるとしている。関係機関での協議が急がれる。
森友事件に絡んで自殺された官僚の手記が明らかになった。これだけの事件でありながら関係者は不起訴とされた上、随分と出世されて安泰であるようだし、政権は再調査しないどころか、定年を延長してまで政権に近い人物を検察庁長官に据えようというのだから、亡くなった方は浮かばれないだろう。
良くも悪くもコロナウイルスの前だけが人類みな平等のようである。

(木)